令和3年4月、日本初の純木造7階建ビルが完成した。
見出し画像 撮影 ヴィブラフォト浅田美浩
入口のふくろうは森の楽園制作のチェーンソーアート
高惣木工ビルという。(高は、はしごだか)
高惣木工ビルの過去・現在・未来については、
三つの柱で語ることが出来る。
一つ目の柱は、「願えば夢は叶うもの」
高(はしごだか)惣木工所という
斜陽産業を営んでいた父。
そんな父が、仙台駅東口から徒歩2分という
ビル建設好適地に土地を残してくれた。
しかし、ビル建設には、三つの障壁があった。
借地権、共有、借家権である。
仙台駅東区画の再開発事業で区画整理が行われるとき、
借地人に立退きを求めたが、裁判で負けた。
その後、平成16年に調停で和解が成立し、上物を買い取る形で、借地権を取り戻した。
父が亡くなった時に、深く考えもせずに、土地を共有にしてしまった。
権利は主張しないと約束したにも拘わらず、私にも権利があると主張する兄姉が一人いた。
前記の借地権解決の時にも邪魔をされた。
母が亡くなったときには、
相続について、とても話し合いが出来る状況ではなく、調停にかけた。
母の三回忌の前日に譲歩に譲歩を重ね、和解を成立させ、同時に共有持分も取得した。
最後に残った借家権。
借地権を解決している最中に借家人が、
小規模の宅建業者から県内有数の宅建業者に替わっていた。
一筋縄ではいかない相手と分かっていたので、本人訴訟で裁判を起こした。
裁判長から、代理人をつけるよう、強く慫慂され、代理人を立てた。
二審で和解勧告がされ、大枚の立退料を支払うことで、漸く解決した。
友人から、「普通の人は、三つの内、一つでも諦める。」と呆れたように言われた。
二つ目の柱は「古い革袋に新しい酒」
最期は病に苦しんだ父を偲び、木造でビルが建てられたらと、漠然と考えていた。
S社が、14階建まで木造で建てられる技術を開発したと言う記事を読んだ。
半信半疑ながら話を聞いた。
打合せ、提案の最中にS社から完成後は入居したい、
ショールームのように使いたいと言われた。
前例のない建物、施工業者が入居するのであれば、どれほど心強いことか。
発注することに決めた。
東日本大震災を経験し、停電の影響は、最小限にとどめたかった。
自家消費型の太陽光発電装置を設置することにした。蓄電池も備えた。
新しい技術だけではなく、昔からの技術も取り入れたかった。
本業で一番長い付合いが左官屋さん。以前、漆喰の話をされたことがある。
そうだ。壁を漆喰にしよう。
外壁は、防火基準の関係で叶わなかったが、内壁には極力漆喰を使用することにした。
これで、高惣木工ビル三つのこだわり、木造、太陽光発電、漆喰が出来上がった。
三つ目の柱は「辿り来て未だ山麓」
建物は完成した。完成して終わりではない。
試練はつづく~よ、ど~こまでも。
入居者が決まらない。
魅力発信が足りないのか、賃料が高いのか。
建築関係者と木造に興味を持つ役所、議員には、極めて高名なようだが。
日本人と木造とは、相性が良い。
癒やしが必要な業種、魅せる必要がある業種には、うってつけだと思うのだが。
S社の様子がおかしい。
技術畑の父会長と営業畑の息子社長とでは、
経営方針に違いがあるらしいことは分かっていたが。
もう一つの試練はこれからかな。
ところで、この三つの柱、言葉には共通点がある。
一つ目の「願えば夢は叶うもの」は、元将棋女流棋士が、ものした書籍のタイトル。
二つ目の「古い革袋に新しい酒」は、
オールドファンには懐かしい将棋名人戦で最後の兄弟弟子対決となったときの観戦記。
それまで素人将棋の典型とされていた石田流を
兄弟子の升田九段が連続採用したことを表現した。
もっとも、聖書では、古い革袋に新しい酒を入れるなと言うらしいが。
三つ目の「辿り来て未だ山麓」は、升田名人誕生の直後に升田名人が発した言葉。
将棋の盤駒は、木製である。木造ビルには相応しい言葉と考えている。
高惣木工ビルベランダより仙台駅方面を望む 新緑の季節はサイコー!!
見出し画像 撮影 ヴィブラフォト浅田美浩
入口のふくろうは森の楽園制作のチェーンソーアート
高惣木工ビルという。(高は、はしごだか)
高惣木工ビルの過去・現在・未来については、
三つの柱で語ることが出来る。
一つ目の柱は、「願えば夢は叶うもの」
高(はしごだか)惣木工所という
斜陽産業を営んでいた父。
そんな父が、仙台駅東口から徒歩2分という
ビル建設好適地に土地を残してくれた。
しかし、ビル建設には、三つの障壁があった。
借地権、共有、借家権である。
仙台駅東区画の再開発事業で区画整理が行われるとき、
借地人に立退きを求めたが、裁判で負けた。
その後、平成16年に調停で和解が成立し、上物を買い取る形で、借地権を取り戻した。
父が亡くなった時に、深く考えもせずに、土地を共有にしてしまった。
権利は主張しないと約束したにも拘わらず、私にも権利があると主張する兄姉が一人いた。
前記の借地権解決の時にも邪魔をされた。
母が亡くなったときには、
相続について、とても話し合いが出来る状況ではなく、調停にかけた。
母の三回忌の前日に譲歩に譲歩を重ね、和解を成立させ、同時に共有持分も取得した。
最後に残った借家権。
借地権を解決している最中に借家人が、
小規模の宅建業者から県内有数の宅建業者に替わっていた。
一筋縄ではいかない相手と分かっていたので、本人訴訟で裁判を起こした。
裁判長から、代理人をつけるよう、強く慫慂され、代理人を立てた。
二審で和解勧告がされ、大枚の立退料を支払うことで、漸く解決した。
友人から、「普通の人は、三つの内、一つでも諦める。」と呆れたように言われた。
二つ目の柱は「古い革袋に新しい酒」
最期は病に苦しんだ父を偲び、木造でビルが建てられたらと、漠然と考えていた。
S社が、14階建まで木造で建てられる技術を開発したと言う記事を読んだ。
半信半疑ながら話を聞いた。
打合せ、提案の最中にS社から完成後は入居したい、
ショールームのように使いたいと言われた。
前例のない建物、施工業者が入居するのであれば、どれほど心強いことか。
発注することに決めた。
東日本大震災を経験し、停電の影響は、最小限にとどめたかった。
自家消費型の太陽光発電装置を設置することにした。蓄電池も備えた。
新しい技術だけではなく、昔からの技術も取り入れたかった。
本業で一番長い付合いが左官屋さん。以前、漆喰の話をされたことがある。
そうだ。壁を漆喰にしよう。
外壁は、防火基準の関係で叶わなかったが、内壁には極力漆喰を使用することにした。
これで、高惣木工ビル三つのこだわり、木造、太陽光発電、漆喰が出来上がった。
三つ目の柱は「辿り来て未だ山麓」
建物は完成した。完成して終わりではない。
試練はつづく~よ、ど~こまでも。
入居者が決まらない。
魅力発信が足りないのか、賃料が高いのか。
建築関係者と木造に興味を持つ役所、議員には、極めて高名なようだが。
日本人と木造とは、相性が良い。
癒やしが必要な業種、魅せる必要がある業種には、うってつけだと思うのだが。
S社の様子がおかしい。
技術畑の父会長と営業畑の息子社長とでは、
経営方針に違いがあるらしいことは分かっていたが。
もう一つの試練はこれからかな。
ところで、この三つの柱、言葉には共通点がある。
一つ目の「願えば夢は叶うもの」は、元将棋女流棋士が、ものした書籍のタイトル。
二つ目の「古い革袋に新しい酒」は、
オールドファンには懐かしい将棋名人戦で最後の兄弟弟子対決となったときの観戦記。
それまで素人将棋の典型とされていた石田流を
兄弟子の升田九段が連続採用したことを表現した。
もっとも、聖書では、古い革袋に新しい酒を入れるなと言うらしいが。
三つ目の「辿り来て未だ山麓」は、升田名人誕生の直後に升田名人が発した言葉。
将棋の盤駒は、木製である。木造ビルには相応しい言葉と考えている。
高惣木工ビルベランダより仙台駅方面を望む 新緑の季節はサイコー!!
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